医療に関する豆知識

 

【2009/06/30】機能性ディスペプシア -その病態と治療-

院長 小林 壮光

「胃もたれ、胃の痛みなど何らかの上腹部症状が慢性に持続するが、その症状を説明する器質的異常がみられない症候群」は機能性ディスペプシアと呼ばれます。
機能性ディスペプシアの症状を、国際的診断基準である、ローマⅢ基準に基づいて表1に示しました。 いずれかの症状が慢性に持続した場合に、本症状が疑われます。

病態

ローマⅢ基準により、機能性ディスペプシアは、食後のもたれ感、張った感じを主症状とする「食後愁訴症候群」と、上腹部の痛み、ほてり感を主症状とする「心窩部痛症候群」に分類されます。前者の「食後愁訴症候群」は胃の運動機能異常が、後者の「心窩部痛症候群」は胃酸分泌が大きな発症の要因になるとされています。

(1) 胃の運動機能異常

胃の近位部は、食べた物をいったん貯留するという役割を、遠位部はそれを少しずつ攪拌して細かく砕きながら十二指腸に送り出すという役割を有しています(図1)。近位部の貯留能すなわち拡張は「適応性弛緩」と呼ばれ、これが障害されると、胃内圧を上昇させることなく食物を蓄えるという生理機能が失われ、食後もたれ感、腹の張った感じの原因となります。一方、遠位部の蠕動運動が低下すると胃内容物の十二指腸への排出が遅延し、食物が停滞することにより、もたれ感や腹の張った感じを誘発します。

(2) 胃酸分泌

心窩部痛症候群では、痛みや灼熱感の原因として、胃内の強酸の粘膜への直接作用が深く関与していると考えられています。すなわち、これらの症状の出現には、胃潰瘍に代表される他の胃酸関連疾患と同様の機序が推測されています。また最近では、胃酸の十二指腸への流入が、胃粘膜の知覚過敏を誘発するだけでなく、適応性弛緩の障害といった胃運動機能異常にも影響を及ぼすことも明らかにされています (Lee KJら、2006年)。

(3) その他の要因

機能性ディスペプシアの原因と考えられる病態は複雑であり、胃の運動機能異常、胃酸分泌、胃粘膜知覚過敏性のみならずストレス、ヘリコバクターピロリ感染、さらには生活習慣などといった、多岐にわたる要因が相互に影響しあい症状が発現していると思われます。すなわち、機能性ディスペプシアは単一疾患ではなく多くの要因により、様々な病態を有する症候群であることに注意しなければなりません。

治療

機能性ディスペプシアに占める胃排出遅延の頻度は20~40%、適応性弛緩の障害の頻度は40~45%とされています。これらの胃運動機能障害に対しては、消化管運動機能改善薬が投与されています。また、胃酸の胃粘膜に対する直接的な刺激および胃酸が十二指腸に流入することにより生じる生理的な変化に対しては胃酸分泌抑制剤が投与されます。しかし、あくまでも機能性ディスペプシアは、多岐にわたる要因による症候群であり、個々の病態を可能な限り推測し、それに即した治療をすすめていくことが肝要と思われます。